カーペットについて
(『室内臨時増刊号(1976)』より)

人間にとって、床とは感触を楽しませてくれるものにほかなりません。

  床は人間の足もとを支えていることから、触覚と視覚の二つの生理機能から多元的に人間とかかわり合いを生じているといえます。今、一人の人間を取りまく生活空間を人体を中心に、人間→衣服→家具→床→壁→天井→室内→建築→都市・・・・・・といった具合に遠心的に図式化してみると、単に物理的な拡大羅列だけにかぎらず、ある種のシステムがひそんでいることが解ります。

まず、接触頻度という点で、人間との接触度が高いものから、低い方へという順序であり、人間にとって一番身近なものは衣服であり次に家具→床→天井→壁・・・・・・といった具合に階段的に広がりを持っていることです。同時にそれは人間の感じ方からすれば、より触覚的なかかわり方が薄らいでいく順序であるといえます。つまり衣服の「着易さ」、椅子の「坐りのよさ」、床の「歩き易さ」といったものは人間の触覚に直接訴えるものであり、一方、壁、天井といくに従って人間の感じ方は視覚的な要素が多くなっていくという関係があげられます。このことは生活空間を形づくっていく上で私達に重要な「手がかり」の一つを与えてくれます。

以上のような考え方で「床」を考えてみると、床というものが人間が生活を営む上でどのような位置づけが出来るか少し明らかになってきます。

カーペットの足ざわり

  「手ざわり」に対して足の感覚を「足ざわり」と呼ぶとすれば、足ざわりは人間の心理と生活行為に大きな影響を与えるといえます。

従来からカーペットがよく心理的効果を高めるために用いられるのは、視覚と同時に触覚を通して人間に訴える力が大きいからです。つまり「足ざわり」を通して、カーペットのやわらかさ、あたたかさが人間の心深くに安心を植えつけるからです。また小学校の廊下にカーペットを敷くことによって児童の行動が落着き、「廊下を走らないこと」などというハリ紙以上に効果をあげていることなど、例をあげればきりがありません。もしかしたらゴルフ場で商談がスムーズに成立するのも、接待のたくみさが功を奏するわけではなく、芝の感触の役割が大きいのかもしれません。

床が生活空間の質を決める

人間には帰巣本能という、生まれ出て来た母の胎内の「あたたかさ」「やわらかさ」に戻り接したいという本能があるといわれます。この本能と人間が生きていく上で最も根本となるプライバシーとは深く結びついて成り立っています。一方、個室などプライベートユーススペースと呼ばれる生活空間ほどこの帰巣本能の機能を人間に対して多く要求します。つまりこういった空間ほどやわらかさ、あたたかさ、静けさ、といった人間をやさしくインヴォルブ(つつみ込む)する要素を必要とします。このような場で、人間は自分自身に再び立ち戻り、深く思考することが出来ます。他方パブリックなスペースほどこういった要求が薄らいで、むしろ人間同士の結びつきの機能を要求してきます。

こうした意味で生活空間と人間との唯一の接点である床、しかもインヴォルメンタルな機能を持ったカーペットの床を人間が感じとることによって、空間のプライバシーの深さを感知することが出来るわけです。言いかえれば、床が生活空間の質を人間に最も敏感に感じさせる役割を負っているわけです。

さて、最近ランドスケープオフィスと呼ばれる、より自由で創造的なオフィス空間の場を作ろうとするオフィスのシステムが日本でも採用され始めましたが、カーペットを敷くことがこのシステムの大きな特徴の一つとなっています。これは単に吸音効果を高めるという理由からだけでなく、オフィスの場でも従来のような単に働くだけの場としてではなく、人間のプライバシーを高め、より創造性を引き出して「人間の創造の場」としての居住性を持たせようとする試みの一つなのです。

空間のかくれた法則

  ただ一枚のカーペットが目に見えないところの空間の機能を多元的に引き出す役割を演じている様子をしばしば目にします。

繰返し模様のカーペットの敷かれたホテルの宴会場では、それが空間の雰囲気を盛り立てることや、飲み物の汚れを目だたさせなくする以上に、テーブルや椅子のレイアウトを、整然と並べさせる機能を持っていたり、食事時の食器とナイフの音をかき消す役目を果していたりするものです。また、石貼りの玄関ホールの一隅に設けられた打合せコーナーのシャギーのカーペットが、足元回りの保温のためだけでなく、打合せの場という見えないテリトリーを形づくっていて、無作法な侵入者を防いでくれ、しかも周囲の人々に対して会話を打ち消すという作用もなしています。

さらに病院の待合室のやわらかなカーペットが、不自由な体の患者に多くの安全性を与えているばかりでなく、そこで待合せている患者たちの心をときほぐし、互いの悩みを打ち明ける助けとなり、医師の治療以上の回復効果を与えていることも耳にします。マンションの応接間に敷かれたカーペットがホコリを吸い取ったり、冷暖房費の節約に役立っているばかりでなく、訪問者がなにげなく足元に落とした視線から、遠目に見たところではちょっとわからないような繊細なパターンを見いだして、主人の人柄をあらためて感じとるなど、印象的な役目もはたしています。

これらはほんの数例をあげたにすぎません。カーペットは、こうした空間の中にひそむ機能の「かくれた法則」を引きだして、多元的に作用します。したがってカーペットの使い方は、その空間の機能をカーペットの持つ素材、織り方、パターンなどの組合せ、いわゆるテクスチュアで相互的に結びつけることを生かすようにするのが本質といえます。

織物と厚さの効果

  人間にとって。カーペットがラバータイルやパーケットフロアーなどの床材と根本的に異なるのは、それが、視覚と触覚から「厚さ」を感じさせる効果を持ち備えていることです。

カーペットのテクスチュアの基本は、カットパイルとループです。この二つに厚さ、高低、パターン、色、素材などの組合せで、さまざまなテクスチュアのバリエーションを作るわけですが、この場合、歩行性やメインテナンスとのバランスをはかりつつ、いかに厚さを見せるかを考慮するのもカーペット設計の技術の一つです。光の反射、吸収、そして陰影、色の深みなど視覚的に、また糸の長さ、かたさ、太さ、密度などの触覚の両面から、いかに立体的に厚さを表現するかが、カーペットの重要な技術の一つです。このことは、カーペットが織物であることからテクスチュアについて無限のバリエーションが可能だからです。私達はしばしばこのカーペットが本来織物であるという基本を忘れがちです。

カーペットの使い方には一定のルールなどないと考えたほうがよいのです。求められる空間の機能を、その場に特有の方法で引き出し、無限のテクスチュアを持つカーペットの中から、最も適したものを選びだすのが設計者の役割といえます。

しかしながら実際には、コスト、期限、製造などさまざまな制約にしばられるのが現状です。そして最も使い易いものであるべきはずの既成のカーペットは、同種多品ばかりで、さまざまな機能の要求を満たすことに対してはこまやかな対処をしてくれそうにもありません。インテリア産業と呼ばれる繁栄の中で、もう一度、カーペットを原点から考え直して見る必要がありそうです。

日建設計インテリア部 文責 加藤力
昭和51年(1976年)
工作社発行「室内 臨時増刊号」掲載